【再掲】来たりて見よ ~安藤美姫・未完のレクイエム~

エレム・クリモフ監督「ロマノフ王朝の最期」の話題を書いていたらどうしてもこちらを再読したくなって。以前のブログで2010年の3月1日に書いた記事です。

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来たりて見よ ~安藤美姫・未完のレクイエム~

いきなりのろけてすまんが旦那と私は恋愛結婚だ。

まあ今の時代はほとんど恋愛→結婚というパターンだろうからどうでもいいかも知れん。最近は恋愛→(妊娠)→結婚というパターンもアリで披露宴で酒を注ぎに行った見知らぬおっちゃんに「実は家の娘もできちゃった結婚でね・・・」と愚痴めいて言われたのを思い出す。

・・・私のはぜい肉なんですけど。

いまだに私らはできちゃった結婚だと思っている人もいるらしいが、そうなると長男は私の腹に1年以上入っていた計算になる。どんなエイリアンだ。

大学1年の時にたまたま般教のクラスが同じで、入学から6月頃まで同じメンバーでほぼ毎日飲み歩いていたのだが、2ヶ月も経つとそれぞれやりたいことを本格的にやりだして(学問やら映画やらバンドやら運動やら学生運動やら)疎遠になっていき・・という仲だったのだが、入学から8年後たまたまばったり道端で再会し、久しぶりだねと飲み倒し、飲みたりねぇと家に行き押し倒し、そして現在に至るというパターン。ありがちだ。

NHKのサイトで五輪の演技を見直していた。ちょうど安藤美姫のショートプログラムを見ているときに旦那がパソコン部屋に入ってきた。

「なんだ安藤モーツァルトか?俺この曲『炎』のラストしか思い浮かばねぇ。」

彼が言う『炎』とは、ロシア映画・ エレム・クリモフ監督『炎628』のことだ。邦題の628は白ロシアでナチに焼き尽くされた村の数からきている。原題『Иди и смотри』旦那はこれを「行って、見て来い」と訳す。英語のタイトルは『come and see』。タイトルは黙示録の一節からきているという。

「来たりて見よ」

付き合いはじめて最初の頃に面白い映画があるからと彼の部屋で見せられた。なんの説明も予備知識もなく、部屋を暗くして2人でみた初めての映画がこれだ。見たのがテレビ画面でよかった。これを映画館の大画面でクリアでしかも大きな音で見たら持たなかったかもしれない。『ロマノフ王朝の最期』と2本立で名画座にかかることがあるらしいがこれをみる勇気はまったく無いし、お薦めしない。

映像は非常に美しい。主人公の少年が(食料にするために)牛を盗みに行くシーン。明けやらぬ大地が青く霞む静寂。深い森の中、針葉樹の高い天井から降り注ぐ陽光。緑の森の奥にある湿地、泥土の沼。凍る大地の圧倒的な存在感。

しかしもちろんこの映画はそれだけの映画ではない。

壁に杭で打ちつけられ絶命したまま兵士に犯される少女。全裸でモノのように無造作に積み上げられた村人すべての死体。教会に閉じ込められ銃弾と炎で惨殺された老人や子供たち。教会から引きずりだされた若い母親。子供は引き離され再び教会の中へ、母親は兵士に蹂躙され子供は教会と共に生きながら炎につつまれる。

燃えさかる村のなかから忘れられた老婆が粗末な木のベッドと共に引きずり出される。兵士たちは老婆をまるで戦利品のように引き回しながら勝利の歌を歌い引き上げる。老婆は耄碌していて自分の村に何が起こったのか、自分が何をされているのかまったくわからない。兵士が笑いながら話しかけるので嬉しくなったのかにっこり笑う。兵士はこういったのだ。

「ばあさん、たくさん子を産みなよ。」

その台詞でこの先老婆にどのような運命がまっているのかはっきりわかるだろう。

主人公の少年がラストシーンで見せる表情は圧巻だ。演技でこんなことだできるのだろうかと舌を巻く。しわ深く凍りついた少年の顔はまるで老人のようだ。

彼が銃口を向けた先の肖像画は・・・この先・・レクイエムがかかるのはこれからだ。非常に象徴的で衝撃的な結末。この狂気の魂を鎮める歌など何処にあろうか。

安藤のレクイエムは愛する人と愛する人を失った人のためにあった。その祈りは確かに見ているものに強く迫り大きな感動を与えた。

五輪という舞台で、自分の父とロシェットの母と肉親を失った二人の娘のために舞った演技でレクイエムという作品は一定の完成を見た、と思う。愛する人の死というのは個人的だが誰しも体験する普遍的な痛みだ。

私はこの映画を二度と見たくない。が、レクイエムを聞きたくてラストだけ旦那に頼んで見せてもらった。(彼は2年ほどまえにこのDVDを買ってもう何十回も繰り返しこれを見ている。奴はちょっとおかしい。)やはり見なきゃよかったと思ったが、その場に流れるレクイエムは圧倒的で安藤のパフォーマンスが吹き飛んでしまった。しばらく映画のシーンしか浮かんでこないだろう。

ベラルーシ出身(※)のモロゾフがこの映画を知らない訳がないと思うのだが、彼はこの映画を安藤に見せただろうか?見せるだろうか?

死を普遍的な痛みとして魂を鎮めるために舞った安藤はある境地に達したとは思う。しかしもしこの映画のラストシーンのレクイエムを聞いたら、安藤の舞いは変わるだろうか?

人類の狂気を鎮めるため癒やすため、省みると絶望的にすらなるほどの恐怖から我々を救うために、このあまりにも愚かな種族のために祈ってくれるだろうか?救済を求めずにはいられない弱き魂のために歌ってくれるだろうか?

何故だか判らないがふと五輪のフリーの「鐘」を思い出した。絶望の淵で救いを求めるように両手を天に差し出した浅田。救いの祈りを全ての人に届けるが如く両手を天に放った安藤。

これを振付けたのは同じくかの地の人だったというのは何か意味があるのだろうか。怒り。恐怖。絶望。そして祈り。狂気を鎮める歌は何処にあるのだろう。

安藤にこれを見て欲しいと思ったのは、彼女ならそれすら昇華して滑ることができるだろうと思ったからだ。表現者としての安藤は時たま恐ろしい力を見せてくれる。そんな彼女をこれからも何度も見たいと願う。

…そういえばコレを見た後はセクースどころじゃなかったな、確か。久しぶりに見てみようかと少し思った。

※訂正:文中にモロゾフを「ベラルーシ出身」と書いてありますが彼はモスクワ生まれです。ベラルーシ代表で滑っていたので勘違いしておりました。お詫びして訂正いたします。

***

当時のブログのコメント欄、友人とのやりとりの中で私はこう書いています。

「私は子供を産んだから余計に今見る自信がない。それは子供が殺されたり母親が犯されたりとかそういう直接の描写じゃなくって、世界にモンスター(のひとり)を生みだしてしまったのかも知れないという恐怖から来るんだけど…私だってここに存在するだけで人間という怪物のひとりだからね。」

「Иди и смотри」のラストシーンを覚えている人にはわかっていただけるでしょうか?劇中でレクイエムがかかる直前、ラストシーンには母に抱かれた幼子の肖像画が大写しになります。何の色もついていない、素朴な魂のままの幼子の顔。しかし成長した彼はその後、白ロシアの村を焼きつくしてしまうのです。ヨーロッパから生まれた恐ろしい怪物。

一年後、安藤は再びレクイエムを舞います。極東の地で愚かな人間が作り出した怪物によって傷ついた全ての魂の為に。そして彼女のレクイエムはモスクワで完結したのです。

 

 

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  1. フィギュア好き 2014.01.16 9:57pm

    うまく表せませんけど、ママクマさんの文章に圧倒されました。背筋が一瞬寒くなったというか。
    ほとんどの場合、祝福と共に命は誕生しますよね。私には子供がいませんけど、出産はどれだけ幸せなんだろうと想像したりもします。
    でもそれがモンスターの誕生かもしれないとは、考えたこともありませんでした。
    わ私の感じたことがママクマさんのいうわんとしたことか自信がありませんけど…。

    安藤選手のレクイエム、また観てみます。

    • mk5go 2014.01.16 10:31pm

      こんばんはー。

      長男を出産した夜に看護婦さんに「ゆっくり休んでね。でも最初の出産の時は気が立っているからなかなか眠れないだろうけど」って言われたんですよ。案の定眠れなくて、いろいろ考えたら怖くなっちゃって。私の育て方ひとつでこの子は歪んでしまうかもしれないんだって。まぁ、そんな単純なものではないかもしれませんが…

      あ、でも勿論幸せな体験でもありました。よくテレビでやってる子沢山一家の番組、ちょっと信じられないなーなんて思ってたけど、自分が出産経験してからは経済力と体力が許せばサッカーチーム作れるくらいは欲しいなと思いましたもんw

      • フィギュア好き 2014.01.17 12:12pm

        こんにちは(^^)
        私も子供の頃は、一発カンタくんでしたっけ?兄弟で野球チーム作って9人目のメンバーが飼い犬で…ってアニメ見て、子供いっぱい生みたい!なんて思ってたクチです(^O^)

        人は強いけど弱く、弱いけど強い。弱さに負けてモンスターになるのではなく、弱さを強さで

        • フィギュア好き 2014.01.17 12:13pm

          コントロールできる人とそうでない人の差は何だろうと思います。

          • mk5go 2014.01.17 6:07pm

            あー一発カンタくん!懐かしいー私も見てました。でも実際9人産んで野球チーム作るのは大変ですよねw

            私も弱いんでネット界隈にいると特に暗黒面に墜ちちゃいそうな一瞬があるんですよね。き、気をつけないと(^_^;)

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